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2009年02月15日

走る。誰のために走るのか?

[オモロ]

朝、ジョギングをしてみました。

ものすごく久しぶり。
半年くらい走ってなかったのに、ちょっとした気分で。

家の近くの公園は緑道になっていて、日曜日の朝は犬の散歩をするひととジョギングをする人たちでいっぱいです。

走ってみて感じるのは、それぞれの人の走り方に個性があるもんなんだなー、ということ。
中には「すげ、かっこいい!」と、おもわず目を奪われる人もいます。
(今日は、中年というよりは壮年の社長風のおじさんがカッコよかった。背筋を伸ばし、きれいなフォームで、ものすごく速い)


もしかすると、走り方って、その人そのものを見せてるのかもしれません。
その人そのもの、つまり…その人の人生のスタイルが垣間見られるのかもしれません。

そんな風に思ったのは…
週末、仕事でおつきあいのある方との飲みの席で聞いた話が原因。


その方が、とある有名アスリートさんとお食事をしたときに聞いた、というお話です。

その有名アスリートは、世界大会で入賞するほどの成績を上げたにも関らず、
あることがきっかけで

「俺はどうして走ってるんだろう?」

と思うようになったのだそう。
一時的にスランプのようになり、苦しんだそうです。
しかし、考えて、考えて、考えた挙句、

「そうか、俺は、この走るという楽しみを世界のみんなに伝えるために走るんだ」

と気づき、それからさらに成果を出せるようになったのだとか。
また、自分のためだけではなく、楽しみを伝えるという活動に時間を割くようになったそうです。

で、自分のジョギングの話。
たぶん、メタボリックを治す、とか、ダイエットするために、とか
「自分のために」走っているひともきっと多いんでしょう。
でも、きっと、そういう理由で走り始めた人は(わたしもそのはしくれだけど・笑)、
どこかで走る目的を見失ったり、あるいは、走れない理由を作ったりして
走ることをすっぽかしてしまうことも簡単。
約束する相手が自分しかいないから。

「自分に甘いだけじゃん」?

そう。そうなの。間違いない。
その甘さをどうやったら克服できるかがポイントなんです。


たとえば、
「自分と、誰かのために」走るという目標を持ったら、どうなんでしょう?
単に、自分が走るだけじゃない、意味を見つけると続くのかもしれない。

たとえば、友達と一緒に走ると決めたら、自分だけやめるわけにはいきませんね。

たとえば、自分の体力に部下や取引先の人生がかかっていると思える人…
たとえば社長さんなんかは、そう思ってみたらどうなんでしょう。
(今日の、あの、おじさんの走りは、そういうものを漂わせていたなあ)


自分が走ることで、自分だけじゃなくて、誰かにもいいことがある、と考える。
そんなこと、いままで思ってもみなかったけど、意外と大事なのかもしれません。
なにせ、世界的なアスリートも、そう感じることで強くなったらしいから。。。。

「走る」を「生きる」に変えても、けっこう筋が通るところが面白いと思います。


…なんて本日、たまたま見つけたブログパーツが「Green Road Project」。

auのスポーツケータイサービスRun&Walkの利用者が走った距離に応じて
植物の種を買うためのお金をauが支払う、というキャンペーン。

街を緑にするために、あなたも走ってみない?

ってわけですね。

ブログのトップページに仕掛けてみました。
面白~い。

Posted by Johane at 2009年02月15日 23:48

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